「グリーン成長戦略1」は、日本が2050年までにカーボンニュートラルを実現するために策定した国家戦略です。しかし、その概要はニュースなどで耳にするものの、具体的な内容を詳しく知っている方は少ないかもしれません。
そこで本記事では、グリーン成長戦略の基本的な考え方や実行計画の詳細、14の重点分野における具体的な目標について、前編と後編の2回にわたり、わかりやすく解説します。後編となるこの記事では14の重点分野の解説と税制や金融施策について、詳しく見ていきます。

グリーン成長戦略の14の重要分野
グリーン成長戦略では、重点的に取り組まれる分野として14の分野が選定されています。まず、これらの分野は国内の温室効果ガス排出量の大部分(約8割以上)を占めており、脱炭素化が急務とされています。また、2050年までに大きな発展が見込まれ、国際的な競争力の強化につながる産業であることも選定の条件となっています。
この戦略が実現すれば、2050年には約290兆円の経済効果が期待され、約1,800万人の新たな雇用が生まれる見込みです。これにより、日本の経済成長にも大きな影響を与えることになります。
前回の記事では、14分野のうち、1~11の「エネルギー関連産業」と「輸送・製造関連産業」について見てきました。今回は、後編の「家庭・オフィス関連産業」について解説していきます。
12. 住宅・建築物産業・次世代電力マネジメント産業
①住宅・建築物
政府は、住宅や建築物の省エネ基準適合率向上を目指し、新築住宅への省エネ基準適合義務化を検討するとともに、既存住宅の省エネリフォーム促進や、省エネ性能向上に貢献する不動産事業への投資を支援する方針です。また、2050年に向けて非住宅・中高層建築物の木造化を推進するため、2025年4月に施行される改正建築基準法により、木造建築物の構造規制が合理化され、中層木造建築物の耐火性能基準が見直されます。省エネ住宅の普及とCO2排出削減、森林資源の有効活用が期待されています。
さらに、政府は住宅やビルのゼロエネルギー化を推進し、光熱費削減を目指しています。ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の導入により、年間約16万円(80%)の光熱費削減が可能となり、太陽光発電や蓄電池、電気自動車(EV)を活用することで光熱費ゼロを実現することも視野に入れています。
また、住宅の断熱性能向上により、冬場の急激な温度変化によるヒートショックのリスクを低減し、健康的な住環境の実現を目指しています。
②次世代電力マネジメント
政府は、デジタル技術や市場取引を活用し、分散型エネルギーリソース(DER)を効率的に活用するアグリゲーションビジネスの推進を目指しています。そのため、FIP制度の導入や、電力の調整力・供給力を取引できる市場の整備を進めています。また、EVや蓄電池の技術実証を行い、太陽光や風力などの変動が大きい再生可能エネルギーと組み合わせた電力需給の最適化サービスの開発を促進しています。さらに、家庭用の太陽光発電と併設する蓄電池の価格を、経済的に成り立つ水準(2030年度までに7万円/kWh)にするための支援も進められています。
また、再生可能エネルギーの普及が進むにつれ、電力系統の混雑が課題となるため、デジタル技術を活用した次世代グリッドの構築が進められています。これには、次世代スマートメーターや市場機能を活用した系統運用の高度化、長距離直流送電システムの整備などが含まれます。さらにマイクログリッドの活用により、エネルギーの地産地消を促進し、地域のエネルギーレジリエンスを向上させるとともに、地域の活性化も目指しています。
太陽光発電やスマートメーター、EV、蓄電池を活用した電力マネジメントにより、家庭の電気料金を節約できるほか、増加するDERの高度な活用により、災害時の停電リスクを低減し、早期復旧が可能になります。政府は、こうした取り組みを通じて、持続可能で安定したエネルギー供給の実現を目指しています。
13. 資源循環関連産業
①Reduce・Renewable – バイオプラスチックの導入と再生可能資源の活用
政府はバイオプラスチックの導入拡大と再生可能資源の活用を推進しています。これに伴い、「バイオプラスチック導入ロードマップ」3に基づいた技術開発が進められています。具体的には、バイオマス素材の高機能化、用途の拡大、低コスト化を目指し、2030年までにバイオプラスチックを約200万トン導入する計画です。これにより、環境負荷の低減や持続可能な資源循環の促進が期待されています。
②Reuse・Recycle – リサイクル技術の高度化と市場拡大
廃棄物の再利用を促進するため、リサイクル技術の高度化や回収ルートの最適化が進められています。リサイクル性の高い高機能素材の開発、設備容量の拡大、再生利用市場の拡大に向けた取り組みが強化されています。特に、廃棄物処理施設からCO2を回収しやすくする燃焼制御技術の開発やコスト低減を図る実証事業が進行中です。これにより、CO2排出量の削減と資源の有効活用を同時に実現し、持続可能な廃棄物管理の確立を目指します。
③Recovery – エネルギー回収技術の進化と廃棄物処理施設の最適化
低質ごみからエネルギーを最大限回収するための新技術の開発や、焼却施設から遠方の利用施設へ熱を供給するための蓄熱・輸送技術の向上が図られ、コスト削減のための対策も実施される予定です。また、今後のごみ質の変化に対応するため、メタン化施設の大規模化を視野に入れた技術実証事業が推進されます。廃棄物の広域的な処理や処理施設の集約化により、効率的なエネルギー回収と資源循環の向上が期待されます。
2050年には、廃棄物処理施設が地域のエネルギーセンターとして機能し、電力や熱の安定供給を実現することが見込まれています。さらに、災害時には避難所等の防災拠点としての役割を果たし、地域のレジリエンス強化にも貢献することが期待されています。
14. ライフスタイル関連産業
政府は、温室効果ガスの排出削減や脱炭素社会の実現に向け、最新技術を活用した地球環境ビッグデータの利活用を進めています。具体的には、高精度な大気モデルを開発し、地球規模から市町村単位までの温室効果ガスの排出分布を推定できるシステムを整備します。さらに、都市大気の連続観測によって、排出量の変化を時間単位で把握する技術を導入し、精度の高い環境データの提供を目指しています。
また、個人や企業の行動変容を促すため、デジタル化やシェアリングエコノミーの活用を推進します。J-クレジット制度※1では、環境価値の取引をより迅速に行うため、申請手続の電子化やクレジット認証手続の簡素化を進めるほか、ブロックチェーン技術を活用した新たな取引市場の創設準備を進めています。これにより、環境価値の取引を効率化し、企業や個人が脱炭素活動に参加しやい仕組みを構築します。
さらに、地域ごとの脱炭素モデルを構築し、それを他地域や海外へ展開する取り組みも進められています。人文・社会科学から自然科学までの分野を融合した研究開発を行い、国や地域の特性に応じた効果的な施策の策定に必要となる知見を充実させます。また、「カーボン・ニュートラル達成に貢献する大学等コアリション」を形成し、大学間や産学官連携を強化することで、脱炭素社会の実現に向けた知見を集約します。
2050年には、AIや行動科学に基づき個々に適したエコで快適なライフスタイルの実現が期待されています。例えば、都市の緑化推進による快適性の向上や、散歩の頻度増加による健康促進といった効果が期待されます。また、大規模災害時にも自給自足可能なエネルギーシステムを整備し、電力・熱供給の安定化を図ることで、安全・安心な暮らしが確立されます。
※1 再エネ導入などによるCO2などの排出削減量や、森林管理による吸収量を国がクレジットとして認証する制度
予算(グリーンイノベーション基金)
グリーンイノベーション基金の目的と概要
政府は、2050年のカーボンニュートラル実現を目指し、2020年度第3次補正予算で2兆円規模の「グリーンイノベーション基金」4を創設しました。この基金は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が管理し、10年間にわたり、産業の脱炭素化に向けた研究開発・実証から社会実装を一貫して支援します。特に、政策効果が大きく、長期的な取り組みが必要な重点分野を対象とし、経済と環境の両立を図る産業政策を推進します。
グリーンイノベーション基金の基本方針
グリーンイノベーション基金は、以下の条件を満たす事業を支援対象とします。
・政策効果の大きい重点分野(グリーン成長戦略の実行計画に基づく分野)
・大規模な研究開発プロジェクト(最低200億円以上が目安)
・中小・ベンチャー企業や研究機関の参画を想定
・革新的な研究開発を含み、国が委託するに値するプロジェクト
成果の最大化のため、長期的な経営戦略や進捗報告の提出を企業経営者に求めます。取り組みが不十分な場合は、事業の中止や委託費の一部返還などの措置が取られます。また、成果達成度に応じて国の負担割合を変動させるインセンティブ制度も導入されています。
対象となる重点プロジェクト
グリーンイノベーション基金は、以下の20のプロジェクト(2024年10月時点)を支援しています。
1.洋上風力発電の低コスト化
2.次世代型太陽電池の開発
3.大規模水素サプライチェーンの構築
4.再生可能エネルギー等由来の電力を活用した水電解による水素製造
5.製鉄プロセスにおける水素活用
6.燃料アンモニアサプライチェーンの構築
7.CO2等を用いたプラスチック原料製造技術開発
8.CO2等を用いた燃料製造技術開発
9.CO2を用いたコンクリート等製造技術開発
10.CO2の分離回収等技術開発
11.廃棄物・資源循環分野におけるカーボンニュートラル実現
12.次世代蓄電池・次世代モーターの開発
13.電動車等省エネ化のための車載コンピューティング・シミュレーション技術の開発
14.スマートモビリティ社会の構築
15.次世代デジタルインフラの構築
16.次世代航空機の開発
17.次世代船舶の開発
18.食料・農林水産業のCO2等削減・吸収技術の開発
19.バイオものづくり技術によるCO2を直接原料としたカーボンリサイクルの推進
20.製造分野における熱プロセスの脱炭素化
各プロジェクトは、分野別ワーキンググループ(WG)で審議され、政府やNEDOが公募・選定を行います。
グリーンイノベーション基金は、脱炭素技術の実用化を加速させるための重要な政策ツールです。今後も、産業界の経営者や技術開発者と連携しながら、低炭素・カーボンニュートラル社会の実現に向けて取り組んでいきます。
カーボンニュートラルに向けた税制支援策
日本政府は、企業の脱炭素化を後押しするため、税制優遇措置を導入しました。これにより、環境に優しい設備の導入や技術開発を進める企業が、税負担を軽減しながら投資を行いやすくなります。次に具体的な施策や対象設備について説明します。
①脱炭素投資を支援する税制(投資促進税制)
カーボンニュートラルの実現に向け、脱炭素化効果を持つ製品の生産設備や生産工程等の脱炭素化と付加価値向上を両立する設備を導入する企業に対し、最大10%の税額控除または50%の特別償却が適用されます(2025年度末まで)。
対象なる製品や生産設備の具体例は以下の通りです。
・省エネ性能の高いパワー半導体
・EV向けのリチウムイオン蓄電池
・燃料電池
・洋上風力発電設備の主要専用部品
・「炭素生産性」指標が相当程度向上する設備
②コロナ禍での損失を活用できる特例
新型コロナウイルスの影響で赤字となった企業が、カーボンニュートラルに向けた設備投資を行う場合、繰越欠損金の控除上限が50%から最大100%に引き上げられます。この特例は、最長5年間適用されます。
③研究開発を支援する税制(研究開発税制の拡充)
売上が新型コロナウイルス流行前より2%以上減少している企業が、研究開発費を増やしている場合、法人税の控除上限が25%から30%に拡大されます。これにより、新しい脱炭素技術の開発を積極的に進める企業の支援が強化されます。
この税制措置によって、企業は経済的な負担を軽減しながら、環境に配慮した事業転換を進めやすくなり、カーボンニュートラル達成に向けた取り組みが加速することが期待されています。
カーボンニュートラル推進に向けた金融支援策
政府は、脱炭素社会の実現に向けた資金供給を円滑に進めるため、グリーンボンドやサステナブルファイナンスの整備、金融機関の支援強化を推進しています。これにより、企業が持続可能な経済活動に移行しやすくなり、国内外での脱炭素投資が加速することが期待されています。次に具体的な金融施策を紹介します。
①円滑な資金供給に向けガイドラインやロードマップを整備
2024年「グリーンボンドガイドライン」5を改定し、同年11月には環境省が「グリーンボンド及びサステナビリティ・リンク・ボンドガイドライン2024年版」6を公表するなど、市場環境の整備が進められています。また、鉄鋼や化学など一足飛びで脱炭素化が難しい業界向けに「トランジション・ファイナンス基本指針」7をもとにした分野別ロードマップを策定しました。さらに、新興国のエネルギートランジションを支援するため、「アジア版トランジション・ファイナンス」の策定・普及も進めます。
②グリーン金融市場の活性化
グリーンボンド等が活発に取引される「グリーン国際金融センター」の実現を目指し、利便性が高い情報基盤の整備を図ります。加えて、グリーンボンドの適格性を評価する民間認証枠組みの整備や、ESG評価機関の在り方を検証します。
③サステナビリティ関連の情報開示強化
2021年6月にコーポレートガバナンス・コードが改訂され、東京証券取引所プライム市場上場企業に対し、「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」8など国際基準に基づく情報開示の強化を求め、開示の質と量の充実を促進しています。また、国際会計基準財団におけるサステナビリティ開示基準の策定にも積極的に参画し、企業の透明性向上を後押ししています。
④金融機関による脱炭素支援と官民連携
金融機関自身の気候変動リスクを管理強化するため、監督当局によるガイダンス策定が進められています。特に地域金融機関向けには、情報提供やノウハウ共有を通じ、地域資源を活用したビジネスモデルの構築を支援します。
⑤脱炭素投資を促進する金融制度
政府は、企業の脱炭素化を後押しするため、成果連動型の利子補給制度(3年間で1兆円規模の融資)を創設しました。さらに、国際協力銀行(JBIC)は2021年1月に「ポストコロナ成長ファシリティ」を、日本政策投資銀行(DBJ)は2月に「グリーン投資促進ファンド」を設立し、脱炭素分野への積極的な資金供給を行っています。
これらの施策により、企業の脱炭素投資が促進され、持続可能な社会への移行が加速することが期待されています。
規制改革・標準化の今後の取り組み

政府は、洋上風力や省エネ基準などの規制改革を進め、エネルギー関連の制度整備を加速させています。洋上風力発電では、撤去基準の明確化や航空障害灯の設置基準の緩和を検討し、住宅を含む省エネ基準の適合義務化も進められています。また、蓄電池のライフサイクル全体のCO2排出量を見える化する制度も導入予定です。
水素関連機器の標準化や燃料アンモニアに関する排出基準等の国際標準化が推進され、また、新たな市場を創出する指標として「市場形成力指標」9も公開されました。
カーボンプライシングの導入では、非化石価値取引市場への水素・アンモニア追加を検討し、J-クレジットのデジタル化も進めます。さらに、排出量取引や炭素税の導入についても議論を進め、国際ルールと整合性を取りつつ炭素国境調整措置も進める考えです。
国際連携
日米間では、2021年4月の首脳会談で「新たな時代における日米グローバル・パートナーシップ」が発表され、クリーンエネルギー技術を活用した持続可能な世界成長・復興の促進等に取り組むことが合意されました。日EU間では、2021年5月に「日EUグリーン・アライアンス」10を設立し、気候中立や資源循環型経済の実現に向けた協力を行うことが合意されました。また、日本政府は「東京ビヨンドゼロウィーク」を開催し、「経済と環境の好循環」を実現する日本の成長戦略を世界に発信しました。さらに、「アジア・エネルギー・トランジション・イニシアティブ(AETI)」を推進し、アジア新興国のエネルギー転換を支援するため、100億ドル規模の資金支援やCCUS技術(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)の知見共有を行っています。WTO(世界貿易機関)では、日本主導で「貿易と気候変動」に関する提案を行い、気候変動対策に資する技術を用いた製品の関税撤廃や規制整備を推進しています。これらの取り組みにより、日本は脱炭素社会の実現を目指し、国際社会と協力しながら多角的なアプローチを進めています。
まとめ
以上、2回にわたり「グリーン成長戦略」の詳細について、解説してきました。グリーン成長戦略は、2050年のカーボンニュートラル実現を目指し、日本の経済成長と環境対策を両立させる重要な政策です。エネルギー、輸送、製造、農業など14の重点分野において、再生可能エネルギーの導入促進や技術革新を進め、持続可能な社会の構築を目指しています。また、脱炭素社会を実現するために、政府は規制緩和や税制優遇、研究開発支援を通じて企業の取り組みを後押しし、国際連携を強化しながらグローバルな競争力の向上を図っています。官民一体となった取り組みは不可欠であり、グリーン成長戦略の進展が、日本の経済発展と環境保全の両立にどのように寄与するのか、引き続き注目が集まっています。
【出典・参考資料一覧】
- 【1】経済産業省「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略(2050年カーボンニュートラルに伴う グリーン成長戦略)」 ↩︎
- 【2】経済産業省「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」 ↩︎
- 【3】環境省「バイオプラスチック導入ロードマップ」 ↩︎
- 【4】経済産業省「グリーンイノベーション基金」 ↩︎
- 【5】環境省「グリーンボンドガイドライン」 ↩︎
- 【6】環境省「グリーンボンドガイドライン(グリーンボンド及びサステナビリティ・リンク・ボンドガイドライン2024年版)」 ↩︎
- 【7】経済産業省「トランジション・ファイナンス」 ↩︎
- 【8】環境省「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」 ↩︎
- 【9】経済産業省「市場形成力指標」 ↩︎
- 【10】外務省「日EUグリーン・アライアンス」 ↩︎