経済産業省は、カーボンニュートラルの実現に向けた重要な手段として、CCS(Carbon dioxide Capture and Storage:二酸化炭素回収・利用)事業を推進しています。温室効果ガスを地下に貯蔵するこの技術は、脱炭素社会の実現に不可欠とされていますが、実用化に向けた課題は少なくありません。特に、CCS事業を広げるためには、政策支援や法制度整備が重要です。政府は、2023年には「CCS長期ロードマップ1」を策定し、事業を推進する方針を示しています。本記事では、CCS事業を加速するための政策や課題、法制度の整備について解説し、今後の展望を紹介します。
CCS実現に向けた政策支援と規制整備
CCS事業を加速させるためには、政府の政策支援が重要な役割を果たします。ここでは、CCS長期ロードマップで策定された支援内容を解説します。
モデルとなる先進的CCS事業の支援
将来のCCS事業の普及を目指すには、モデルとなる先進的な事業を支援することが鍵となります。これにより、事業者が将来的に他地域や他業界へ横展開できるビジネスモデルが確立できます。
現在、2030年までの事業開始を目指し、CO2回収源や輸送方法、貯留地域の組み合わせが異なる9のプロジェクトが選定されています2。複数プロジェクトに集中的な支援を行うことで、多様なCCS事業モデルの確立を目指しています。2030年の事業開始時には、年間600〜1,200万トンを貯留できるよう、計画を進めています。英国でも2030年までに年間貯留量1,000万トンを目標としているため、国際水準の目標値です。
事業選定においては、早期実現性、拡張性、経済性を重視し、地域の理解を得る努力も必要です。この支援により、他の地域にも横展開可能なCCS事業モデルの確立を目指しています。

CCSに適した土地の開発促進と地質構造調査
CCS事業の成功には、CO2の貯留に適した地層の発見が不可欠です。これまでは、石油や天然ガスの開発を目的とした地質構造調査が行われてきましたが、2022年に石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)のCCS業務が追加されました。これにより、CO2貯留に適した地層を特定し、民間事業者がそのデータを活用できるようになることが期待されています。
調査の結果、既に11地点で160億トンの貯留層の存在が推定されていますが、沿岸地域ではデータ不足が課題です。今後は、沿岸地域での地質構造調査を進め、民間事業者による開発が促進されることが期待されています。
また、CO2貯留に関する断層リスクの評価も重要な要素であり、これをクリアするための方法を確立することが急務となっています。国際エネルギー機関の認識や過去の実証プロジェクトでは、地震との関係性は認められていないものの、地質構造調査における断層によるリスクの評価方法の開発も重要な検討項目です。
CCS事業を持続させるために
CCS事業を長期的に持続させるためには、安定した支援策が欠かせません。初期段階では、資本的支出(CAPEX)支援が重要ですが、2030年の稼働後については、先進国の知見を基にした支援が検討されています。
例えば、英国では、炭素価格と回収コストの差を補填するための支援策が検討されています。日本でも、事業のコスト低減や事業環境の整備を進める中で、先進的CCS事業の成果をもとに持続的な支援策が求められます。
また、CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization, and Storage:二酸化炭素回収・有効利用・貯留)事業の段階ごとに必要な支援策について産業界のニーズを踏まえて検討します。これらの施策を通じて、CCS事業は持続可能な形で進められ、将来的にはさらに広範なCO2削減に貢献することが期待されます。
CCSの普及への課題

CCS事業を加速させるためには、普及に向けた課題を克服する必要があります。例えばコスト低減や国民の理解促進も重要です。
コスト低減の必要性
CCS技術を持続的に実現するためには、コスト低減も必須となります。現在、CCSに必要な技術のコストは高く、これを削減することが事業を成長させるための鍵となります。
新エネルギー・産業技術総合開発機構(RITE)による試算を踏まえ、政府は①分離・回収、②輸送、③貯留にわけてそれぞれ目標を設定しました。①分離・回収技術は2030年までに2023年比で約半減、2050年までに4分の1以下にすることを目標にしています。②輸送や③貯留技術については、2030年にコスト削減を目指す事業を開始し、2050年までにそれぞれ7割以下、8割以下に削減する目標です。これらの目標が達成されれば、CCS全体で約6割以下に削減される見込みです。
国民の理解促進
CCS技術の導入には、技術的な面だけでなく、国民や地域社会の理解も重要です。特にCO2の貯留地がある地域では、住民や地方公共団体、民間団体の協力が必要になります。2030年まで当面は、日本政府は地域ごとにCCUS説明会を開催し、CCSの意義や安全性などについて国民の理解を得るとともに、CCSに対する懸念を払拭することを目指しています。この説明会では、CCSの技術的な内容だけでなく、地域への経済効果や雇用創出効果、消費の増加などについても説明するとしています。
また、貯留地が立地する地域では、丁寧な説明を行うことに加え、地方公共団体や民間団体が行う、CCSを中核としたハブ&クラスターや関連する産業・雇用の創出の向けた支援する仕組みが検討されています。これらの取り組みにより、CCS事業は地域とともに成長し、社会全体での理解と協力が得られるようになります。
海外CCS事業の推進に向けた取り組み
貯留先として海外も有力な選択肢のひとつになっています。そのため、日本からのCO2輸出を前提とした交渉を複数国と開始し、支援要請があれば検討を進める予定です。日本主導の「アジア・エネルギー・トランジション・イニシアティブ(AETI)」やJOGMECによるリスクマネー供給などを通じて、日本企業の権益取得を支援することも重要です。また、二国間クレジット制度(JCM)におけるCCSプロジェクトの組成促進や、CCS由来の国際的なクレジット制度を立ち上げ、排出量取引を実現するための支援も検討されています。
立ち上げ最中のため、現在はあらゆる選択肢を多角的に検討している段階であり、国内外と協力しながら持続的な事業の在り方を模索しています。
CCS実現を加速する法制度の整備

CCS事業を加速させるためには、適切な法制度の整備が欠かせません。現行の法制度では、CCSに関する法令の適用関係が不明確なため、事業者が事業化に向けた具体的な手続きを進める上で障害となっています。これを解消するためには、新たな法的枠組みが必要です。ここでは、CCS事業法の内容と、それを実現するために必要な法整備について解説します。
法制度を検討する背景
CCS事業において法制度の整備が急務である背景には、いくつかの課題が存在しています。まず、CCS事業に関する法令の適用範囲が不明確であったことが挙げられます。例えば、鉱業法や鉱山保安法が石油や天然ガスの増産事業には適用されますが、CCS事業には適用されるかどうかがはっきりしていませんでした。これにより、事業者は準拠すべきルールが不明であり、国の監督体制が確立されていないという問題がありました。
また、CCSのバリューチェーンにおいて、CO2の分離・回収、輸送、貯留の各段階でガスの組成を整え、計測し、輸送し、データを提供するルールが欠けていました。さらに、長期的に安定した事業運営を確保するためには、第三者からの妨害を排除・予防の仕組みが必要ですが、これが整備されていませんでした。
さらに、CCS事業の実施には住民理解が重要ですが、保安規制への準拠の状況や損害賠償の仕組みがなく、事業者が住民に説明すべき内容も不明確でした。これらの課題を解決し、CCS事業の実現に向けて法制度を整備することが、今後の重要なステップとなります。
CCS事業法の内容
事業化にむけて必要なのは、「CCS事業法」の早期整備です。この新法では、CCSのバリューチェーン全体を対象に、分離・回収、輸送、貯留の各段階において法的枠組みを定めることが求められます。特に、貯留事業に関しては、石油や天然ガス事業と多くの共通点があるため、鉱業法制を参考にした制度化が必要です。
この新法では、貯留事業権を新設し、保安体制の整備や賠償責任を明確化することが必要です。例えば無過失責任を導入することで、事業者が責任を持って運営する環境を整える必要があります。
さらに、海外のCCSを推進するために、CO2の輸出に関する法的枠組みを整備することも重要です。加えて、回収したCO2を有効利用するためのカーボンリサイクルの推進に向けて、CO2の売却が可能となる仕組みの整備が必要です。

今後のCCS推進に向けた展望

CCS行動計画の策定と見直し
今後のCCS推進に向けた行動計画を策定し、適時、見直していくことが不可欠です。まず、年間貯留量目標については、各産業の意見を集約し、2050年時点で達成すべき貯留量をさらに精緻化していく必要があります。この目標設定は、省エネルギーや電力化、水素化など脱炭素化の進捗に応じて調整されるべきであり、各分野の取り組みを踏まえて更新されるべきです。
次に、CCS事業を支える技術開発の進展を促すため、コスト目標を適切に見直し、その達成に向けた技術開発指針を明確化することが求められます。これにより、CCSのコスト削減が進み、事業の実行可能性が高まります。コストの低減に向けた技術開発の進捗を見守りながら、目標の精緻化を行っていくことが重要です。
さらに、適地調査計画についても進捗を加速させる必要があります。既存のデータを基に、CO2の貯留に適した地層の選定を進めるとともに、沿岸地域の地質構造調査も検討し、断層によるリスクの評価方法も確立していくべきです。これにより、CO2の安価で安全な貯留が可能となり、事業の長期的な安定性を確保できます。これらの要素を取り入れた行動計画は、CCSの実現を加速させるために不可欠なものとなります。
CCSを活用した持続可能な社会の実現へ
CCS事業を推進することで、持続可能な社会の実現に向けた大きな一歩を踏み出すことができます。CO2の排出削減だけでなく、回収したCO2の利用やリサイクルにも注力することが、未来の持続可能な社会に繋がる重要な要素です。国際的な協力を強化することもCCSを活用した持続可能な社会の実現において重要な役割を果たします。海外の技術や知見を取り入れ、共同で研究開発を進めることで、より効率的で効果的なCCS技術が確立され、地球規模での温暖化対策に貢献できるようになります。
【出典・参考資料一覧】
- 【1】経済産業省経済産業省「CCS長期ロードマップ検討会 最終とりまとめ(CCS長期ロードマップ検討会 最終とりまとめ 説明資料)」 ↩︎
- 【2】独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構「CCS事業化に向けた先進的取り組み~2030年度までのCO2貯留開始に向け、設計作業等について9案件を候補として選定~」 ↩︎
- 【3】経済産業省経済産業省「CCS長期ロードマップ検討会 最終とりまとめ(CCS長期ロードマップ検討会 最終とりまとめ 説明資料)」 ↩︎
- 【4】経済産業省経済産業省「CCS長期ロードマップ検討会 最終とりまとめ(CCS長期ロードマップ検討会 最終とりまとめ 説明資料)」 ↩︎