
はじめに
2026年2月、私たちは奈良県の中央に位置する大淀町を訪れた。目的は、同町が導入を決定したNTNの移動型独立電源「N³ エヌキューブ」を軸に、町の防災への取り組みと未来への展望を伺うためだ。
穏やかな日差しが差し込む役場の一室で、辻本町長は、時に熱を帯び、時に穏やかに、町の魅力と防災への揺るぎない想いを語ってくれた。これは、単なる製品導入事例ではない。ひとつの町が、未来を守るために下した「静かなる覚悟」の物語である。
吉野の玄関口、知られざる「暮らしの真ん中」
紀伊半島の中央に位置する、穏やかな町
「大淀町は、どんな町ですか?」
インタビューの冒頭、そう問いかけると、町長は少し誇らしげに、そして親しみを込めて語り始めた。
「大淀町は紀伊半島のちょうど中央、奈良県の真ん中に位置する町です。町の南側には吉野川が流れており、その吉野川に向かって緩やかな丘陵地が広がっています。吉野川より南側は金山地で比較的急峻な地形ですが、大淀町はなだらかな南向きの斜面で、日当たりも良い。また、果樹栽培や農業も盛んな土地です」
その穏やかな気候と地形が、住宅地として理想的な環境を生み出してきた。高度成長期には人口も増加し、大阪の阿倍野まで近鉄特急で約1時間という利便性から、ベッドタウンとしても発展。現在の人口は約1万5千人。少子高齢化の影響で微減が続いているものの、町の魅力は色褪せることがない。

世界遺産への玄関口
「魅力というのは、やはり吉野の持つ特性として、隣町には吉野山、または紀伊山地の霊場と参詣道といった世界遺産がありますし、アウトドア、例えばキャンプや釣り、渓流などが好きな方にはもってこいの土地だと思います。北側には飛鳥村もございますし、奈良県の有名な観光地がすぐ近くにあります」
「ですから普段は都会で働き、休日は大淀町で穏やかに過ごすといったライフスタイルが可能です。必要があれば車で20分、30分走れば、橿原のイオンモール(関西最大級)もありますし、町内にもライフやオークワといった大きなショッピングセンターがありますので、生活もしやすい。また、災害拠点病院も整備されており、子ども園や小中学校も整っているので子育てもしやすい。そういったところが大淀町の魅力ではないかと考えています」
130年の歴史が育んだ「樹上完熟」の梨

大淀町を語る上で欠かせないのが、特産品の梨だ。
「大淀町は、穏やかな丘陵地で果樹栽培に向いており、およそ130年前から梨の栽培が盛んです。現在40軒ほどの農家があり、若い方が後を継いだり、新規就農されたりして美味しい梨を作っています」
大淀町の梨の最大の特徴は、「樹上完熟」にある。一つ一つ丁寧に摘果し、成長に合わせて袋掛けを行い、木の上で完熟させる。この手間暇が、他の産地とは一線を画す甘さと瑞々しさを生み出す。
「いわゆる『完熟梨』で、木の上で完熟させるのです。だからこそ、美味しい。例えば他県の梨は完熟前に収穫して追熟させますが、それでは糖度が上がりません。収穫した時点で糖度が決まってしまうのです。それが大きな違いです」
その人気は凄まじく、販売開始と同時に人々が列をなし、昼頃には売り切れてしまうほど。地元の人でさえ、なかなか手に入らないという。
茶粥という、地域のソウルフード

もう一つの特産品が番茶だ。
「お茶も特産品で、茶粥の元になる番茶の製造が町の東部で盛んです。『マシ茶』と申しますが、香ばしくて美味しいお茶を私たちは毎日いただいています」
茶粥は、この地域のソウルフード。番茶を使って生米から炊き上げる本格的な茶粥は、冬は熱々で、夏は冷やして、漬物と一緒に食べると絶品だという。
新旧住民が調和する、温かなコミュニティ

大淀町の住民構成は、大きく三つに分かれる。元々大淀町に住んでいた方、南部の吉野郡周辺から移住してきた方、そして大阪などの都会から自然豊かな環境を求めて引っ越してきた方。
「基本的に大淀町は新興住宅地の町ですので、旧住民、新住民という区別や対立はほとんどありません。住宅地、農業地域、市街地と、それぞれが小さな町の中でうまく混じり合い、町として一つにまとまっています」
この「人の温かさ」こそが、大淀町の最大の魅力かもしれない。そして、この「守るべきもの」があるからこそ、防災への想いは一層強くなる。
「一番の課題は、やはり南海トラフです」
南海トラフ地震への備え

話は、町の防災課題へと移る。町長は、迷うことなく「南海トラフ地震」を挙げた。
「最も懸念しているのは、発生の可能性が高い南海トラフ巨大地震です。こちらを想定して防災面の整備を進めています。南海トラフ地震が起これば、奈良県では震度6強程度の揺れが連続して発生すると予測されており、そうした災害時にも迅速に復旧できるよう、水道施設の強靭化などインフラ面の対策にも努めています」
ハード面では、役場や病院、消防署などの災害拠点となる施設の耐震化、または免震構造の建物への建て替えを順次進めてきた。小中学校などの避難所も耐震化を完了。また、食料品や衛生用品などをローリングストックしながら備蓄し、ライフやオークワ、ホームセンターなどとの連携協定により、災害時に優先的に物資を提供してもらえる体制も整えている。
3種類の防災トイレで、多様なニーズに対応
しかし、町長が特に力を入れているのが、避難所での生活環境、とりわけトイレ環境の整備だ。
「令和7年度に、国の補助金も活用し、3種類の防災用トイレを整備しました」
一つ目が、NTNの「N³ エヌキューブ」。
外部からの水や電力の供給なしに自立して使え、汚水を一切排出しない循環式のトイレだ。平常時はパークゴルフ場の利用者に使ってもらい、災害時には町内の避難所など必要な場所に移動して設置する。
二つ目が、トイレトレーラー。 車両で牽引して移動できる「移動設置型の仮設トイレ」。給水・汚水タンクを搭載しており、災害時の断水下でも利用できる。
三つ目が、マンホールトイレ。 役場の南側にある文化会館の駐車場に、初めて導入する予定だという。
「いずれも、町にとっては初めての試みです。まずは導入し、実際に使ってみて、それぞれの特性を理解した上で、これからの整備計画に繋げていく。その第一歩だと考えています」
災害が少ない町だからこそ、備える
興味深いことに、大淀町はこれまで大きな災害に見舞われたことがほとんどない。
「本町で大きな災害が起こったのは、安政の地震まで遡ります。幸いなことに、これまで大きな地震被害はありませんでした。また、水害についても、大滝ダムが完成してからの10数年は、かつて年中行事のようだった吉野川の氾濫も起きていません。実は、災害が非常に少ない町なのです」
しかし、だからこそ、町長は危機感を持っている。
「ただ、先ほど申し上げたように、南海トラフ地震や断層の存在を考えると、いつ災害が起こるか分かりません。だからこそ、平時からの備えが不可欠なのです」
住民の防災意識を高めるために
住民の防災意識については、町長は率直に語る。
「大きな災害を経験してこなかったため、防災に対する備えや意識は、正直なところまだ低いのではないかと感じています」
しかし、能登半島地震の報道や、県の主催で穴水町の町長から直接話を聞く機会もあり、住民の意識は少しずつ変わりつつある。
「意識が決して高くないからこそ、これから備え、意識を高めていく必要があると考えています」
幸いなことに、大淀町には51の自治会・行政区があり、そのほとんどで自主防災組織が結成され、定期的に防災訓練が行われている。また、地域の事情に精通した消防団も、災害時に機動的に動ける体制を整えている。
未来を照らす独立電源「N³ エヌキューブ」

N³ エヌキューブとは?

ここで、大淀町が導入を決めた「N³ エヌキューブ」について説明しよう。N³ エヌキューブは、NTNが開発した移動型の独立電源システムだ。その最大の特徴は、エネルギーの自給自足にある。
再生可能エネルギーを活用
太陽光パネルと小型風力発電機で発電し、大容量の蓄電池に電気を貯めることができる。
移動可能
コンテナ型で、トラックでどこへでも運ぶことが可能。災害時には、必要な場所へ迅速に展開できる。
多様な電力供給
蓄えた電気は、照明やスマートフォンの充電、情報機器の電源など、様々な用途に利用できる。
水循環式自己完結型トイレ
そして、今回大淀町が導入したモデルには、さらに画期的な機能が搭載されている。
水循環式自己完結型トイレ: 汚水をその場で浄化し、洗浄水として再利用するトイレシステムを内蔵。上下水道が寸断されても、汲み取り不要で衛生的な水洗トイレを使い続けることができるのだ。
さらに、大淀町の要望を受けて開発された分離型モデルは、トイレ本体(14ftサイズ)と処理層(7ftサイズ)を分離できる点が特徴だ。
これにより、従来の一体型で必要だった10tトラックと大型自動車免許が不要になり、4tトラック2台で運搬可能となった。処理層を分離したことで個室内のスペースも広がり、車椅子での利用にも対応している。
まさに、災害時の「電源」と「トイレ」という二大課題を同時に解決する、未来の防災インフラと言えるだろう。
「これしかない」。運命の出会いと、世界初の開発

NTNとの出会い
N³ エヌキューブとの出会いは、町の担当者が国の補助メニューを調査している中で訪れた。
「国の補助メニューにトイレ環境の整備というテーマがあり、本町も取り組もうと考えました。調査を進める中で、移動式のトイレに2種類あることが分かり、その一つが完全に独立して機能するコンテナ型トイレでした。そこからNTNさんとのやり取りが始まりました」
大淀町の要望が、世界初の開発に
そして、大淀町の担当者は、NTNに対して率直に要望を伝えた。
「災害時に移動させる際、大型トラックや特殊な免許が必要となると、運用のハードルが非常に高くなります。そこで、担当者がNTNさんに対し、普通免許で運転できる4tトラックで運べるようにしてほしい、といった要望を色々とお伝えしたと聞いています」
その要望に、NTNは真摯に応えた。
「結果として、その要望が製品化に繋がり、世界初の開発になったというのは、非常に良いウィンウィンの関係だと思います。単に商品を買うだけでなく、こちらの要望をきちんと伝え、連携してより良いものを実現できたことを、大変嬉しく思っています」
清潔なトイレが、被災生活のクオリティを守る
町長が特に強調するのが、災害時のトイレ環境の重要性だ。
「トイレという空間は、不潔で使いたくないような状態であっては、災害時であっても絶対にいけない。まず清潔であることが何よりも大切です。避難所では、見ず知らずの人と共同生活を送るわけですから、トイレ環境は特に重要になります」
「生活の質(QOL)の低下は、後の災害関連死や、そこに至らなくても大きなストレスに繋がります。ストレスが溜まれば精神的な負担も増える。だからこそ、災害時であっても清潔で穏やかな生活環境が大切であり、今回導入したN³ エヌキューブは、それを実現できるツールだと考えています」
真のパートナーシップは、設置後から始まる



今回、大淀町とNTNは防災包括協定を締結した。その意義について、町長はこう語る。
「この協定は一つの出発点です。これからN³ エヌキューブを運用・管理していく中で、様々な発見や課題が出てくるでしょう。それをNTNさんにフィードバックすることで、より良い製品開発に繋がり、ひいては世の中のためになるのではないかと期待しています」
「防災の主役は、住民の皆さんです」
30年の経験が培った、防災への想い

インタビューの最後に、町長は自身の経歴と、防災への想いを語った。
「私は町長になる前、30年ほどこの町の職員でした。その間、防災、消防、防犯の担当を歴任し、災害拠点病院である南和広域医療企業団の立ち上げから運営まで携わってきました。一貫して私の仕事の軸にあったのは、『いかにして地域の住民の生命と財産を守るか』という一点です」
「役場の建設も担当しましたが、阪神・淡路大震災後の建物ですので、震度7の直下型地震にも耐えうる強靭な庁舎です。免震構造の南和総合医療センターの建設にも携わりました。長年、公務員として、そして町長として、住民の生命と財産を守ることに特化して取り組んできたのが、私の人生です。今後も町のトップとして、防災を最重要課題と位置づけ、しっかりと取り組んでまいります」
未来への決意

そして、締めくくりに、未来への決意を語った。
「大淀町が、これからも『住みやすい町』であり続けてほしい。住民の皆様が『この町が良い』と住み続け、その子どもたちや孫たちが『この町に住み続けたい』と思えるような町であること。それが私たちの使命です。今日より明日が良くなる、そうした期待を持てる町であり続けるために、職員と共に様々なことに挑戦していきたいと考えています」
おわりに
「守るべき、美しい町がある。そして、そこに暮らす人々がいる」。
辻本町長の言葉の端々から、郷土への深い愛情と、リーダーとしての静かな、しかし揺るぎない覚悟が伝わってくる。大淀町の挑戦は、全国の自治体が抱える防災課題に対する、ひとつの希望の光となるに違いない。
取材日: 2026年2月10日
取材場所: 奈良県大淀町役場
取材協力: 大淀町長 辻本様