〜香川県丸亀市広島町・鶴澤様ご夫妻と丸亀市が紡いだN³ エヌキューブ導入ストーリー〜
瀬戸内海に浮かぶ香川県丸亀市広島町。かつては良質な花崗岩の産地として、山の形が変わるほど石が切り出された歴史を持つこの島には、今もなお手つかずの自然が息づいている。レベルの違う大きさのオニヤンマが窓にぶつかってくるほどの豊かな生態系、毎年秋に渡ってくるアサギマダラ、そして瀬戸内海を一望できる心経山(しんぎょうざん)の絶景——知る人ぞ知る自然の宝庫である。
しかし、過疎化が進み、フェリーの便数も限られるこの離島では、インフラ整備は容易ではない。長年の懸案だった「登山口のトイレ不足」と「離島ゆえの災害時リスク」。この2つの課題に対し、島に移り住んだご夫妻の真摯な願いと、その声を受け止めた丸亀市の決断が重なり合うようにして、NTN株式会社が開発した自己完結型循環式トイレ「N³ エヌキューブ」の導入という解決策に結びついた。
本記事では、住民の思いと行政の決意が共鳴し合った広島町の事例を、鶴澤 浩明(つるさわ ひろあき)様・鶴澤 美枝子(つるさわ みえこ)様ご夫妻のお話とともにご紹介する。
ご夫妻のプロフィール
鶴澤 浩明様は、長年のハードな仕事を経て念願の島暮らしを実現された移住者であり、現在は広島町で民宿を営みながら、島の風景を絵画として描く活動をされている。これまでに島の風景を描いた作品は40枚を超え、島歌に合わせてYouTubeでも作品を発信している。
鶴澤 美枝子様は、国際的に活躍するソプラノ歌手。2020年東京オリンピックに向けて世界208カ国の国歌を独学で習得し、開会式の入場行進に合わせてYouTubeで2時間半にわたる生配信を成し遂げたことでも知られている。廣田神社チャンネルへの出演や介護関連メディアでも紹介される、芸術と社会活動の両面で精力的に活動を続ける表現者である。
そんなご夫妻が、移住先の広島町で出会った地域課題に向き合い、丸亀市と手を携えてN³ エヌキューブの導入を実現するまでの軌跡を、これからお伝えしていく。
第1章:島を愛し、島を元気にするご夫妻の多彩な活動

子どもの頃からの夢を叶えた移住生活
鶴澤様ご夫妻が広島町に移住したのは、浩明様の幼少期からの夢を叶えるためだった。「海があって山がある島に住みたい」——長年のハードな仕事を経て、その夢を実現した今、毎日の暮らしに深い充足感を得ている。小学生の頃から昆虫採集に夢中だった浩明様にとって、広島町は理想の地そのものだった。
「夢が叶って、毎日が幸せ。ビールを飲みまくっています」
レベルの違う大きさのオニヤンマが飛び交い、秋にはアサギマダラが渡ってくる。広島町の豊かな自然は、移住の決断が正しかったことを日々実感させてくれる。
「さぬき広島笑学校」——地域コミュニティのハブ
移住後、ご夫妻が始めた活動の一つが、月に一度開催される「さぬき広島笑学校(通称笑う学校)である。「小学生のように学ぶ楽しさを知る」「楽しく笑いでいっぱいの島にする」という2つのコンセプトのもと運営されている。島の暮らしは閉鎖的になりがちで、外部からの情報はテレビ以外にほとんど入ってこない。そこで、様々な分野で活躍するリーダーをゲストに招き、生の声に触れ、共に笑い合える場を提供している。

「テレビを通してではなく、生の声でその人の感覚を受けるということがすごく大事。それによって全体感も繋がって、1つになって笑い合える島にしたい」
この「笑う学校」は、後にN³ エヌキューブ導入の際の住民説明会の舞台にもなる。地域の課題を共有し、合意形成を図る重要な基盤として、ご夫妻の活動全体を支える存在となっている。
出場国の国歌を独学で歌い上げたソプラノ歌手——美枝子様
美枝子様は、国際的に活躍するソプラノ歌手として知られている。2020年東京オリンピックに向けて世界208カ国の国歌を独学で習得した壮大なプロジェクトは、特に印象的だ。
幼少期にテレビで見たオリンピック表彰式で、海外の観客が自国の国歌を立ち上がって大声で歌う姿に感動し、「大きくなってもう一度オリンピックが来たら、世界中の国歌を歌ってあげよう」と心に決めた。発音の正確さを追求するため、各国を実際に訪れて現地の人に聞いてもらうワールドツアーまで敢行。コロナ禍で表彰式での歌唱は叶わなかったものの、開会式の入場行進に合わせて出場国すべての国歌をYouTubeで2時間半にわたって生配信するという偉業を成し遂げた。
「途中で諦めることはしない。今やれることは何が何でもやってしまって、それでダメだったら諦める」
この信念は、後の循環式トイレ実現に向けたご夫妻の活動にも息づいている。
島で民宿を営み、島の風景を描き続ける浩明様
一方の浩明様は、広島町で民宿を営みながら、自ら島の風景を40枚もの絵画に描き上げ、その作品を発信している。島歌をBGMに、絵がYouTubeで紹介され、芸術を通じた島の魅力発信の核となっている。
来島される方々をご自身の民宿で迎えながら、絵筆を通して島の魅力を伝える——浩明様の暮らし方そのものが、過疎が進む離島に新しい風を吹き込んでいる。
ご夫妻の姿は、地域の希望そのものである。
第2章:長年の懸案だった「トイレ問題」と防災への危機感

移住直後から感じた切実な課題
広島町にある心経山は、瀬戸内海を一望できる絶景を求めて多くの登山客が訪れる名所であり、周辺は釣り客にも人気のスポットとなっている。しかし、登山口付近には使用に耐える公衆トイレがなく、長年にわたって深刻な不便が強いられていた。
ご夫妻がこの問題を認識したのは、移住してすぐのことだった。「おトイレを貸してください」と訪ねてくる人が後を絶たず、島にトイレがないことの深刻さを実感したのである。
既存のトイレ設備はあったものの、老朽化が進み、現代の利用者のニーズには到底応えられる状態ではなかった。
「トイレがあるという話ではなく、使用できるトイレがあるかどうかが問題なのです」
特に女性にとって、清潔さが確保されていないトイレは実質的に「ないに等しい」。この認識が、後に「日本一美しいトイレのある島」というビジョンへと結実していく。
離島という環境が抱える防災上のリスク
ご夫妻は、トイレ問題を単なる観光インフラの不足としてだけでなく、防災上の課題としても捉えていた。丸亀市からごく近い島ではあるものの、災害発生時には救援の優先順位が後回しになる可能性があり、そのとき住民が最も困るのがトイレの問題である。
被災地では「トイレに行かなくちゃいけないから水は飲まない」という判断をする人が多い。水分摂取を控えることで脱水症状や健康悪化を招くという悪循環——災害時のトイレ問題は、単なる不便さではなく、命に関わる問題なのである。
能登半島地震が再認識させた課題
2024年1月1日に発生した能登半島地震は、防災インフラの脆弱性を全国に突きつけた。長期にわたる断水、避難所での衛生環境の悪化、感染症のリスク——報道を通じて伝えられた被災地の現実は、ご夫妻の課題意識を強めた。
能登半島在住の知人からは「未だに断水しております。循環式のエコトイレがあればどれだけ助かるか」というメールが届いた。実際に被災して初めて、その必要性を痛感する声だった。
第3章:「循環式トイレ」を求めた現場主義の旅

循環式トイレとの出会い
課題解決の糸口を探る中、ご夫妻は人と人とのつながりの中で偶然、N³ エヌキューブという循環式トイレの存在を知ることになる。「笑う学校」にゲストとして招いたNTN関係者から、ご夫妻は同社の自立型循環式トイレシステムについて説明を受けた。
しかし、最初の住民説明会では予想外の壁に直面した。「エコトイレ」という言葉に対して、住民が連想したのは山や公園にある足踏み式の簡易トイレ。「臭くて汚い」というイメージが先行し、本来の製品特性を知ろうとする声は届きにくかった。
この経験は、ご夫妻に重要な教訓を与えた。言葉だけでは伝わらない、実物を見なければ説得力がない——「百聞は一見に如かず」を実践する決意が固まった瞬間だった。
三重県・桑名市の多度山への視察
ご夫妻は、実際にN³ エヌキューブが設置されている三重県桑名市の多度山まで自ら足を運び、その実用性を視察した。
そこで目にしたのは、想像を超える機能性だった。N³ エヌキューブは、コンテナ型の筐体内に循環式の水洗トイレ機能を搭載し、太陽光発電と小型風力発電による再生可能エネルギーだけで稼働する自立型システムである。上下水道の配管が一切不要で、排泄物は内部の処理装置で浄化・循環され、清浄な水として再利用される。インフラの届かない山頂や離島、あるいは被災地でも、設置直後から「自分の家のトイレと変わらない快適さ」を提供できる。
「コンパクトな筐体の中に、循環の技術が詰まっている。災害時にヘリコプターで運び込み、その場ですぐ稼働できる——これは現代の救援システムそのものです」

N³ エヌキューブは用途に応じて多彩なサイズが用意されているのも特徴である——7ft・10ftの循環式自己完結型水洗トイレ、20ftの多目的シェルター・休憩室、12ftの防災倉庫など、地域の課題に合わせて柔軟に選択できる。同じ「移動型自立電源コンテナ」というプラットフォーム上に、観光・防災・地域コミュニティの多様なニーズに応える解を構築できる。(7ft=2m、10ft=3m、12ft=3.6m、20ft=6m)
ご夫妻は、テレビのSFに出てくる救助コンテナのようだと表現しながら、N³ エヌキューブの「自立性・可搬性・循環性」こそが広島町の課題を解決する最適解だと確信した。
第4章:住民との合意形成——信頼は「行動」で築く

「あの方の本気が見えた」——多度山視察が変えた空気
導入の検討が進む中、住民との合意形成にも時間が必要だった。「エコトイレ」に対するネガティブなイメージは根強く、一部地区では「普通のトイレでいいのではないか」という声も上がっていた。
しかし、ご夫妻が三重県の多度山まで自ら視察に足を運ぶ姿を見た青木地区の住民は、その行動力と真剣さに心を動かされた。
「あんなところまで自費で見に行くなんて、よくそこまでできるな——あの方のことなら信用できる」「鶴澤さんが一生懸命してるから応援してあげよう」
信頼は言葉ではなく行動で築くもの——ご夫妻は身をもってそれを示した。説明資料を配ったり会議を重ねたりすることだけが合意形成ではない。「自分が動いて見せる」というシンプルな姿勢こそが、地域を少しずつ一つにしていった。
こうして住民の理解が深まる中、ご夫妻の取り組みは次のステップ——市への正式なお願いへと進んでいく。
第5章:丸亀市の決断——住民の思いに寄り添った導入
「日本一美しいトイレのある島」——市長へのお願い
ご夫妻は、市長へのお願いに踏み切った。長年の活動経験で培ってきた「思いを伝える」スキルを駆使し、自らお手紙を作成。循環式トイレ導入の必要性を訴えた。
そこには「トイレは文化です。日本のトイレは世界一です。私たちの島に世界一のトイレが欲しい」という力強いメッセージが掲げられ、「日本一美しいトイレのある島」というビジョンが明確に示されていた。
能登半島地震を機に動いた市
能登半島地震の報道を受け、ご夫妻はあらためて市にお願いをした。「災害時には循環式トイレが必要だ」というメッセージを真摯に受け止め、丸亀市も動いてくれた。
丸亀市は、住民のためを思って導入を決断した。これは単なる設備投資ではなく、住民の声に丁寧に耳を傾け、国の防災施策とも整合性のある取り組みとして、地域の未来に投資する判断だった。離島の防災・観光振興のモデルケースとして、その意義は大きい。
第6章:導入後の効果と、花畑が生んだ景観

「家のトイレより綺麗」——利用者の驚きの声
設置されたN³ エヌキューブに対する利用者の反応は、期待をはるかに超えるものだった。多くの人が外観を見て「発電所」だと思い、トイレだと知って驚く。中に入って用を足した後は、ほぼ全員が同じ感想を口にする——「自分の家のトイレより綺麗だ」と。
特に「匂いがしない」という点が、利用者から最も高く評価されている。登山客の間では口コミが広がり、岡山から来た登山客が「これは誰かに言わないかん」と声を上げるなど、N³ エヌキューブの品質は自然と評判を呼んでいる。
現在の利用状況は、平日で10名前後、休日や登山シーズンには30〜40名が利用している。島の住民も平日は日常的に利用しており、観光インフラと生活インフラの両面で定着しつつある。
ご先祖様への供養から生まれた花畑
N³ エヌキューブが設置された場所には、深い歴史が刻まれている。元々はご先祖様のお墓があった土地であり、工事の際には多くの遺骨が出土した。「聖なる地にトイレを作るなんて」と当初は反対したご夫妻だったが、市の説明で「津波対策上、ここしか適地がない」と知り、考えを改めた。
長い間お水もお花も供えてもらえなかったご先祖様への供養として、ご夫妻はこの地を花畑にすることを決意した。
「あの土地には何を植えても育たない」と島の人たちに言われていたにもかかわらず、ご夫妻が植えた花はすべて見事に咲いた。現在はアサギマダラ(渡り蝶)を呼ぶためのフジバカマの花畑として整備が進んでおり、「花畑の中にトイレがある」という唯一無二の景観が生まれつつある。
トイレの日常的な清掃・管理は、丸亀市から委託を受けたご夫妻が担い、冬場は2日に1回、夏場は花の手入れも含めてほぼ毎日通っている。花の苗やベンチ用の石、オリーブの木の植樹などは、ご夫妻が自費で続けている取り組みである。
「どんなにいいものがあっても、手入れをする人の思いがないと活きません」
この当事者意識こそが、N³ エヌキューブを単なる設備ではなく、地域の誇りへと昇華させている原動力である。
地域の防災意識と「誇り」の醸成
N³ エヌキューブの設置は、地域住民の意識に予想以上の変化をもたらした。ある年配の住民は、お茶会の席でこう胸を張った。
「うちは日本一のトイレがあるんや。あれがあるからもう地震が来ても大丈夫」
平時から利用できる最新の防災インフラが身近にあることが、災害への備えを日常的に意識するきっかけとなり、同時に地域の誇りとしても機能している。
第7章:実証された災害時の信頼性——2026年6月、台風6号の夜

停電下でも灯り続けた、「心(こころ)ちゃん」のあかり
2026年6月3日、台風6号が広島町を直撃した。19時30分頃から青木地区で停電が発生し、オール電化の家庭は真っ暗に包まれた。
そんな夜、地元の住民からN³ エヌキューブの設置事業に携わった関係者のもとへ、複数のメッセージが届いた。
「停電中も青木のエコトイレは電気が付いてて、安心感ありました。こういう時のトイレ、ありがたいですね」
「台風の影響で19時30分頃から停電となり、オール電化の我が家は真っ暗でした。そんな中、いつも気にかけているN³ エヌキューブのトイレは、何事もなかったかのようにちゃんと明かりを灯し、お役に立っていました。本当にありがたく思っています」
地域住民の間でN³ エヌキューブは「心(こころ)ちゃん」という愛称で親しまれている。心経山のふもとに佇み、停電の闇の中で煌々と明かりを灯し続ける心ちゃんの姿は、島の人々にとって何よりの安心の象徴だった。
「灯りの精神的効果は絶大ですね」
太陽光・風力で自立発電し、蓄電池に電力を蓄える独立電源システムだからこそ、外部インフラが寸断された状況でも安心して使い続けられる——N³ エヌキューブの真価が、地域の暮らしの中で住民の声によって証明された瞬間だった。
この実体験は、ご夫妻と丸亀市が共に育ててきた「平時から使える防災インフラ」という思想が、実際の災害時に確かに機能することを示した出来事である。設置から運用、そして災害時の稼働まで——一連の歩みが、地域に静かな安心感をもたらしている。
第8章:未来への展望——芸術と防災の融合

瀬戸内国際芸術祭への参加構想
ご夫妻は、N³ エヌキューブの可能性をさらに広げるビジョンを持っている。広島町は瀬戸内国際芸術祭の開催島ではないが、N³ エヌキューブを芸術作品として世界中のアーティストに制作を依頼し、芸術祭への参加を実現するという構想である。
「芸術×トイレ×エコ」——世界で唯一の芸術作品でありトイレでもあるというコンセプトは、観光名所や写真撮影スポットとしての新たな価値を生み出す可能性を秘めている。広島大学の芸術学部の教授にも相談を始めており、実現に向けた動きが進んでいる。
NTNへの期待——都市部への展開
N³ エヌキューブの将来について、ご夫妻は島や山間部だけでなく、都市部への展開も望んでいる。
「本当に災害を想定するのであれば、人口が密集する都市部にこそ循環式トイレが必要。都会が震災に遭ってトイレに行けなくなったら、どうなるか考えただけでゾッとします」
首都直下地震や南海トラフ地震の想定では、上下水道の復旧に数週間から数ヶ月を要するとされている。「平時は公園や公共施設のトイレ、災害時は防災拠点」として機能するN³ エヌキューブは、まさに都市型防災の切り札となり得る存在である。
結び:他地域への希望となる「協働モデル」

ご夫妻の思いから始まり、丸亀市の判断によって結実した広島町のN³ エヌキューブ導入。この事例は、「防災・減災」「観光振興」「住民協働」「文化創造」という4つの視点で見事な成果を上げている。
その成功要因を整理すると、他地域にとっても示唆に富む3つのポイントが浮かび上がる。
第一に、「実物主義」の徹底。パンフレットや説明会だけでは伝わらない製品価値を、実際の設置現場(三重県桑名市の多度山)まで足を運んで確かめ、自らの言葉で語る——この姿勢が、住民にも行政にも届いた。
第二に、「課題の多面化」。トイレ不足という単一の課題ではなく、観光振興・防災・住民協働・文化創造という複数の文脈で価値を訴求することで、行政も住民も「自分ごと」として捉えやすくなった。
第三に、「平時と有事の両立」。災害時にしか使えない設備ではなく、日常的に使える観光インフラが結果的に防災拠点になる——この「デュアルユース」の発想が、設備投資の説得力と地域への定着を生んだ。
そして、これら全ての根底にあるのが、ご夫妻の「諦めない」という信念と、その声を受け止めた丸亀市の柔軟な決断である。
「一旦決めたことは、強い意思を持って最後まで諦めないということが、後悔しないこと」
現状に満足せず、「こうしたらもっと良くなる」というビジョンを持ち、それを実現するための体力とやる気を持ち続けること——ご夫妻のこのメッセージと、それに応えた丸亀市の協働姿勢は、同様の課題を抱える全国の自治体や、住民主導でまちづくりに取り組む多くの方々にとって、大きな希望と示唆を与えるものとなるだろう。
広島町の挑戦は、まだ始まったばかりである。花畑に囲まれたN³ エヌキューブが芸術作品となり、瀬戸内海を渡るアサギマダラとともに世界に羽ばたく日——その実現に向けて、ご夫妻と丸亀市の歩みは、今日も続いている。
- 本記事は、2026年5月に香川県丸亀市広島町にて実施された鶴澤様ご夫妻へのインタビューをもとに構成しています。
- 掲載にあたり、鶴澤様ご夫妻および丸亀市のご確認・ご承諾を得ています。
- NTN N³ キューブ製品詳細:https://n3.ntn.co.jp/