COLUMN

- コラム

自然エネルギーや環境保全などに関する様々な取り組みを解説します。

バイオテクノロジーの産業化|再生医療・遺伝子治療の未来!国産技術の進化とCDMOの役割

近年、再生医療や遺伝子治療の技術革新が進み、日本でも高度な医療技術を活用した治療の実用化が加速しています。特に、国産のウイルスベクターやiPS細胞を活用した創薬支援ツールの開発が進んでおり、新たな医薬品の研究や治療技術の向上が期待されています。また、国内の医薬品開発・製造受託機関(CDMO)の競争力を強化し、製造技術の向上や安定供給体制の構築を進めることで、より多くの患者に安全で効果的な治療を提供できる環境を整えようとしています。
本記事では3回にわたり、バイオ政策の重要分野の1つである「医療分野」についてご紹介します。前回までの記事では、創薬ベンチャーを取り巻く支援体制や直面する課題、今後の可能性や、日本政府が進めるバイオ医薬品の最新支援策や、製造拠点の整備、創薬技術の革新について経済産業省小委員会の報告をもとに解説しました。
最後となる本記事では、日本の再生医療、遺伝子・細胞治療分野における最新の取り組みや課題、今後の展望について経済産業省小委員会の報告1をもとに詳しく解説します。新たな治療技術の進展や、産業化に向けた日本政府の支援策に関心のある方は、ぜひ最後までご覧ください。

再生医療・遺伝子治療の「実用化」に向けた取り組み

日本国内においても再生医療や遺伝子治療の新たな製品開発が進められていますしかし、実用化にはいくつかの課題があり、それを解決するために、日本政府は産業化と国際展開を見据えた多角的なアクションプランを推進しています。まず、基盤技術の開発としては、遺伝子治療に必要な国産ウイルスベクター産生細胞の開発や、iPS細胞などから分化誘導された臓器細胞を用いた創薬支援ツールの開発が進められています。また、より多くの患者への治療提供を目指し、海外医療機関との連携を含む国際医療貢献や、民間保険の活用促進も重要な柱です。さらに、製造基盤の強化に向けては、国内CDMO(医薬品製造受託機関)の可視化と創薬ベンチャーとのマッチング支援、我が国が強みを持つiPS細胞や間葉系幹細胞を活用した治療技術の高度化、自動化やデータ連携の推進、さらには関係省庁と連携した製造人材の育成が進められています。そして、臨床データと製造・品質データを連携させる情報システムの構築にも取り組まれており、これによりリバーストランスレーショナルリサーチ(rTR)の実現を通じて、治療の有効性を検証しながら、継続的な製品改良と品質向上を目指す体制の構築が進められています。

再生医療・遺伝子治療の原料供給における課題

アクションプランの「産業化の基盤となる技術の開発」における課題の1つとして、製品の製造に必要な原料の安定供給があります。再生医療では製品の製造に利用可能なヒト細胞の確保が課題であり、国内医療機関との連携体制の構築や倫理的・法的課題に対する議論、国民の理解促進が不可欠です。
一方、遺伝子治療では、特に体内(in vivo)遺伝子治療に用いるウイルスベクターや非ウイルスベクターの安定供給が求められています。更にその製造コストを抑えるため、国産のウイルスベクター産生細胞の開発が必要ですこれにより海外依存を減らし、安定供給も可能になると期待されています。また、体外(ex vivo)遺伝子治療に用いられる遺伝子改変細胞の製造技術開発も重要です。

経済産業省 「バイオ政策のアクションプラン」を加工して作成2

遺伝子治療における原料安定供給と低コスト化への取り組み

前述のように遺伝子治療の発展には、高品質なウイルスベクターの安定供給と製造コストの低減が不可欠です。しかし、現在の原料となるウイルスベクター産生細胞の多くは海外から輸入されており、高額なライセンス費用が発生するため、コスト面での負担が大きい状況です。そのため、日本国内で競争力のあるウイルスベクター製造技術を確立することが求められています。
この課題に対応するため、バイオテクノロジー分野の民間研究機関の協力のもと、新たな国産ウイルスベクター生産用細胞候補株(HAT細胞株)が開発されました。この細胞株は、従来の海外製細胞株(HEK293)と同等以上の性能を持ち、今後さらなる生産性向上が期待されています。

国産の新規ウイルスベクター生産用細胞候補株3

遺伝子治療と再生医療の「産業化」に向けた課題と取り組み

さらに再生医療や遺伝子治療の産業化には、患者数が限定される個別化医療であることに起因して、有効性の検証が困難な上に、適切な自動化や量産ができずに採算が取れない課題があります。これを解決するため、日本政府は「再生医療・細胞・遺伝子治療の社会実装に向けた環境整備事業4」を推進し、安全かつ有効性が確立された再生医療等製品による治療を国内外の患者へ提供するための拠点整備が進行しています。
この事業では、研究開発から生産、臨床までの一貫したデータの蓄積・検証が可能となり、効果的な治療法の確立を目指します。また、国内外の多くの患者へ治療を提供するための体制整備やCDMOの製造機能向上、臨床データと製造データを連結するシステムの構築が必要とされています。

再生医療の国際展開と治療提供の拡大

アクションプランの「より多くの患者への治療提供」の一環として、再生医療をより多くの患者に提供するため、国内外の医療機関との連携を強化しています。特に、大阪/中之島、神奈川/羽田・殿町、千葉/柏の葉といったエリアでは、病院や大学、製薬企業、CDMOが連携し、治療の実用化を進めています。
例えば、大阪/中之島では先端医療拠点として整備された都市型インキュベーション施設に創薬ベンチャーが入居し、iPS細胞研究に特化した公益的研究支援機関と協力してiPS細胞の研究開発を進めています。また、千葉/柏の葉では、がん研究を担う国の中核医療研究機関と大学附属の研究拠点を中心に、がん領域の研究や治療ノウハウの集積が進んでいます。
さらに、日本国内だけでなく、海外の患者にも再生医療を提供するための体制整備が求められています。そのためには、適切な患者紹介やサポートするコーディネーターの育成、海外医療機関との連携、民間保険の活用などが必要とされています。

再生医療・遺伝子治療分野におけるCDMOの強化に向けた課題

アクションプランとして「製造機能(CDMO)の強化」にも取り組んでいます。再生医療や遺伝子治療の開発には、高度な製造技術が必要ですが、日本ではCDMOの活用が十分に進んでいません。その背景には、開発初期の資金不足や、創薬ベンチャーとCDMOのマッチングが不十分であることが挙げられます。
米国などでは、開発の初期段階からベンチャーキャピタルなどの支援を受け、製造設備や人材への投資が進むケースが多い一方、日本では初期資金が十分に確保できないケースが多く、自社製造のための投資が不十分なまま臨床を目指すこととなった結果、製造面での課題が生じ、実用化が難しくなるケースがあります。それにはCDMOの活用が有効ですが、創薬ベンチャーの資金不足に加え、創薬ベンチャーとCDMOの連携が不十分であり、 CDMOに経験が蓄積されない課題があります。

再生医療・遺伝子治療分野のCDMO強化と創薬ベンチャーとの連携

前述の課題の解消に向けて日本政府は、創薬ベンチャーとの連携を促進する取り組みを進めています。製造プロセス開発が出来るCDMOを可視化するため、CDMOに強みとなる技術・経験を一覧化します。特に、開発初期段階の創薬シーズ(新しい医薬品のもととなる技術やアイデア)を持つ企業が、登録されたCDMOへ製造を委託することで、CDMOにプロセス開発能力が蓄積されることとなります。

再生医療の製造基盤強化と国際展開への取り組み

さらに再生医療分野では、iPS細胞や間葉系幹細胞(MSC)を用いた再生医療等製品についての創薬シーズが多いため、製造ノウハウが蓄積されています。これらの優位性を生かし、国内外の患者へ安定した品質の製品を提供するためには、CDMOに対する製造環境整備が不可欠です。特に、iPS細胞の分化や細胞培養の自動化を進めることで、コスト削減と品質安定化を図る取り組みが求められています。
一方、CAR-T細胞を用いた再生医療等製品は、世界的に市場が拡大しているものの、日本国内では十分な技術や設備が整っていません。そのため、海外の先端技術を導入し、国内CDMOの強化を図ることが必要とされています。

海外との連携によるCDMO強化5

細胞治療CDMOの現状と製造自動化の重要性

細胞治療CDMO市場の成長と課題

前章で述べたように、日本の再生医療分野はiPS細胞やMSCなどの強みを持ちながらも、CAR-T細胞製品においては製造環境や技術基盤の不足が課題となっています。こうした国内の制約は、国際市場における競争力にも直結しています。
実際、世界の細胞治療CDMO市場は、2025年以降10~15%の成長が見込まれています。日系企業も海外拠点での事業拡大を進めていますが、国内の製造機能や実績は依然として不十分です。例えば、米国や中国の大手CDMOでは施設面積が1万㎡以上であるのに対し、日本の主要施設は4,400㎡にとどまっています。このような規模の違いが、国内CDMOの競争力に影響を与えています。

細胞治療CDMOの推定市場規模6

細胞培養の自動化による製造効率化

前述のように、日本の細胞治療CDMOは規模や設備面で米中に劣り、国際競争力の強化が急務となっています。特に、製造工程における効率化と品質安定化をどう実現するかが大きな課題です。その鍵を握るのが、細胞培養プロセスの自動化です。
再生医療や細胞・遺伝子治療の製品の製造では、煩雑な手作業が品質のばらつきやコスト増加の原因となっていることから、自動化や機械化による安定的な製造手法が求められています。
例えば、バイオ自動化技術の実証を担う医療系大学のコンソーシアムでは、自動培養装置「Cell Qualia」を導入し、iPS細胞やMSCのプロセス開発を実施する予定です。また、ビジョンケアのコンソーシアムでは、ヒューマノイドロボット「まほろ」を用いた細胞大量培養のプロセス自動化に向けた開発が開始されました。
日本の創薬シーズやCDMOにおいて、どの細胞やモダリティに対してどのような自動化が必要か、今後検討するとされています。


自動培養装置とヒューマノイドロボット7

再生医療等製品の品質管理とデータ統合の重要性

アクションプランである「情報データシステム構築によるrTRの実現」にも取り組んでいます。2024年度の日本医療研究開発機構(AMED)事業では、製造・品質データ(生産データ管理システム)と臨床データ(臨床データ管理システム)を接合する検討を開始しました。このシステムにより、Quality by Design(QbD)を踏まえたリバーストランスレーショナルリサーチ(rTR)※1の実現を目指します。これにより、承認済みの再生医療等製品の品質を担保し、臨床効果を基に製品や技術の高度化を推進していきます。

※1 臨床現場での問題点を基礎研究によってメカニズムを解明し、最終的に新たな診断法や治療法、医薬品の開発につなげる研究のことです。

再生医療の価値最大化に向けた取り組み

こうしたデータ統合を基盤に、再生医療の発展をさらに加速させ、より多くの患者に先進的な治療を届けるための環境整備が進められています。まず、国内外の医療機関との連携を強化し、治療を広く提供する体制を整備するとしており、そのために国内については民間保険の活用、海外についてはコーディネーターの育成を進める方針です。
次に、CDMOを活用した製造機能の強化が重要視されています。MSCやiPS細胞の製造ノウハウの自動化、CAR-T細胞などの高度な治療技術の導入を進め、細胞の種類ごとに最適な製造拠点を整備する計画が進められています。
また、前述のように臨床データと製造・品質データを連携させる情報システムの構築も開発が予定されています。このシステムにより、治療の有効性を効率的に検証し、品質向上やコスト削減を実現することで、再生医療の産業化を後押しすることが期待されています。

再生医療や遺伝子・細胞治療の向かうべき未来

再生医療や遺伝子・細胞治療の発展には、革新的な技術の開発だけでなく、製造基盤の強化や安定した供給体制の構築が欠かせません。
今後、日本がこれらの分野で国際競争力を高めるためには、技術開発と実用化のバランスを取ることが重要です。持続可能な医療エコシステムの構築を目指し、安全で革新的な治療がより多くの患者に届く未来に向けて、引き続き取り組みが進められることが期待されています。

【出典・参考資料一覧】

  1. 【1】経済産業省「産業構造審議会 商務流通情報分科会 バイオ小委員会 報告書(バイオ政策のアクションプラン)↩︎
  2. 【2】経済産業省「産業構造審議会 商務流通情報分科会 バイオ小委員会 報告書(バイオ政策のアクションプラン)↩︎
  3. 【3】経済産業省「産業構造審議会 商務流通情報分科会 バイオ小委員会 報告書(バイオ政策のアクションプラン)↩︎
  4. 【4】経済産業省「令和4年度「再生・細胞医療・遺伝子治療の社会実装に向けた環境整備事業」に係る補助事業者(執行団体)の公募について↩︎
  5. 【5】経済産業省「産業構造審議会 商務流通情報分科会 バイオ小委員会 報告書(バイオ政策のアクションプラン)↩︎
  6. 【6】経済産業省「産業構造審議会 商務流通情報分科会 バイオ小委員会 報告書(バイオ政策のアクションプラン)↩︎
  7. 【7】経済産業省「産業構造審議会 商務流通情報分科会 バイオ小委員会 報告書(バイオ政策のアクションプラン)」  ↩︎