近年、日本のバイオ医薬品産業は急速に進化しており、日本政府もワクチンや創薬基盤の強化に向けたさまざまな施策を推進しています。特に、感染症流行時に迅速な対応を可能にするワクチン生産体制の構築や、次世代抗体医薬品・RNA標的創薬技術の開発が注目されています。こうした背景を受けて、日本政府は「バイオ政策」の一環として、医療分野における支援策を積極的に打ち出しています。医薬品の製造受託機関(CDMO)の競争力向上、部素材の国産化、人材育成といった課題にも対応が進められています。
本記事では3回にわたり、バイオ政策の重要分野の1つである「医療分野」にフォーカスします。前回の記事では、創薬ベンチャーを取り巻く支援体制や直面する課題、そして今後の可能性をご紹介しました。第2回となる今回は、日本政府が進めるバイオ医薬品の最新支援策や、製造拠点の整備、創薬技術の革新について経済産業省小委員会の報告1をもとに詳しく解説します。バイオ医薬品産業の未来を展望したい方は、ぜひ最後までご覧ください。
ワクチン・バイオ医薬品の強化に向けたアクションプラン
日本政府は、ワクチンやバイオ医薬品の開発・生産体制を強化するため、さまざまな施策を推進しています。現在進められているアクションプランは、①ワクチン生産体制強化のためのバイオ医薬品製造拠点等整備事業2、②国内CDMOの競争力強化、③次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業3の3つで構成されています。
ワクチン生産体制強化のためのバイオ医薬品製造拠点等整備事業では、将来的な感染症流行に備えた生産体制の構築を進めています。また、国内CDMOの競争力強化に向けて、人材育成やサプライチェーンの強化にも注力しています。さらに、次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業では、革新的な医薬品の早期開発に向けた技術の確立を目指しています。
これらの取り組みを通じて、日本のバイオ医薬品産業の競争力を高め、迅速かつ安定した医薬品供給体制の確立を目指しています。
デュアルユース補助金|平時にはバイオ医薬品を、有事にはワクチンを
アクションプランの1つである「ワクチン生産体制強化のためのバイオ医薬品製造拠点等整備事業」では、感染症の有事に備えて、国内で迅速にワクチンを生産できる体制の構築が進められています。
その中核となるのが「デュアルユース補助金4」であり、ワクチン製造拠点や製剤化・充填、治験薬の製造拠点の整備を支援することで、生産基盤の強化が図られています。
この補助金では、企業に対して設備投資の支援を行い、ワクチンの生産能力を高めるだけでなく、平時にはバイオ医薬品の製造を行い、有事にはワクチン製造に切り替えることができる拠点の確立を目指しています。
令和4年3月から5月の公募では、ワクチン製造拠点など17件(総額約2,265億円)が採択されました5。さらに令和5年3月から5月の二次公募では、製剤化・充填拠点、部素材の製造拠点など23件が追加で採択され、約955億円の支援が決定しました6。
これにより、mRNAワクチン、ウイルスベクターワクチン、組換えタンパクワクチン、DNAワクチンなど、多様なワクチンを国内生産できる体制が整えられています。今後、感染症のリスクに備え、安定したワクチン供給を実現するために、引き続き設備の充実と製造技術の向上が求められています。
国内CDMOにおける製造能力の拡大

アクションプランの1つである「国内CDMOの競争力強化」では、医薬品の安定供給と国際競争力の向上に向けて、国内CDMOの製造体制強化が進められています。その一環として、CDMO各社は新たな製造拠点の整備を推進しています。具体的には、富山に国内初のバイオCDMO拠点が設立され、2026年度からプロセス開発から製剤製造までの一貫したサービスを提供する予定です。また、横浜にも新たなバイオCDMO拠点を設け、2025年から開発サービスを開始し、2026年には本格的な製造に移行します。千葉の既存拠点とも連携し、原料から医薬品まで国内一貫生産が実現されます。
部素材等の国産化
ワクチンやバイオ医薬品の製造に必要な部素材は海外生産比率が高く、国内での安定供給が課題となっています。そのため、日本政府はデュアルユース事業を通じて部素材の国産化を推進し、国内の製造基盤の強化を図っています。
国産部素材の安定調達に向けた取り組み
国産部素材を採用するためには、適正製造規範(GMP)に基づく製造実績が必要とされます。
そのため、製薬企業やCDMOと国産部素材メーカーの連携を強化し、企業単独ではなく広範なネットワークで選定基準やノウハウを共有する環境整備が必要です。
これらの取り組みにより、国内CDMOからの安定調達が可能となり、同時に国産部素材メーカーの発展も促進されることが期待されています。
デュアルユース事業者間交流会の実施
国産の部素材等の市場展開を目指し、日本政府は「デュアルユース事業者間交流会」を開催し、製薬企業やCDMOとの連携を促進しています。2023年12月には、デュアルユース事業者30社・124名が参加し、交流会が開催されました7。
この交流会では、参加企業が製造に関する課題やニーズを共有し、相互の連携を深める機会が提供されました。実際に、交流会後に企業間の面談が実施されるなど、新たなビジネス機会の創出にもつながっています。
今後は、国内外の製薬企業やCDMOとの連携をさらに強化し、感染症有事にも迅速に対応できる体制の構築を目指します。また、部素材の標準化やサプライチェーン安定化、国内生産の拡大に関する交流のニーズがあります。
バイオ製造人材の育成

アクションプランの1つである「国内CDMOの競争力強化」では、製造拠点の整備だけでなく、人材育成も重要な取り組みとして位置づけられています。とくに、CDMO各社が持続的に成長し、医薬品の安定供給を担うためには、専門性の高いバイオ製造人材の確保が不可欠です。
この取り組みの一環として、デュアルユース事業では、製薬企業の施設を活用したOJT中心の教育プログラムが導入され、実践的なトレーニングが行われています。今後は、産学官連携による人材育成を強化し、大学や専門機関と協力しながら、遺伝子治療や細胞療法分野での教育プログラムを開発し産学官が参画する研修の実施を支援するとしています。また、高等教育機関との連携を強化し、次世代のバイオ製造人材の確保を目指すとともに、若手人材の参入を促進するための魅力的な情報発信も行われる予定です。
新規モダリティの製造・分析技術等の開発支援
アクションプランの1つである「次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業」では、革新的な医薬品の創出を支える技術の確立が進められています。その一環として、日本政府は新たな治療法(新規モダリティ)に対応した製造技術の開発を支援しています。特に、医薬品の価格抑制や品質向上を目的に、製造プロセスの効率化や分析技術の開発が進められています。
新規モダリティの製造技術開発の課題と今後の方向性の具体例として、抗体医薬品、核酸医薬品、生菌製剤の3つについての取り組みを解説します。
抗体医薬品における製造基盤技術の課題と今後の方向性
抗体医薬品の製造コスト削減
抗体医薬品は、従来の低分子医薬品に比べて製造プロセスが複雑で、コストが高いという課題があります。特に、抗体生産細胞株の多くが輸入に依存しているため、国産の有用な抗体生産細胞株の確保が求められています。
この課題に対応するため、高い抗体生産性を持つ国産CHO-MK細胞株※1 が開発されました。従来のCHO細胞※2 と比べ、培養期間を1/3に短縮しながら、2倍以上の抗体を産生することが可能です。このCHO-MK細胞を活用したセルバンク開発も進んでおり、国内外から30件以上の受託実績があります。
また、デジタル技術を活用した製造プロセスのシミュレーションが行われ、CHO-MK細胞の代謝・抗体産生・不純物生成の予測が可能になりました。今後は、この技術を活かした国際競争力のある製造プラットフォームの構築が目指されています。
※1 従来のCHO細胞に比べて約2倍のスピードで増殖し、約4倍の生産性を有する高性能の細胞
※2 チャイニーズハムスター卵巣細胞。抗体医薬をはじめとするたんぱく質医薬の製造に広く使われている動物細胞
次世代抗体医薬品の製造技術の確立
次世代抗体医薬品は、従来の抗体医薬品よりも製造プロセスが複雑で、特に「放射性同位元素(RI)で標識された抗体」の製造プロセスに関して汎用性の高い技術が求められています。この課題に対応するため、抗中皮腫抗体「SKM9-2」にRIを標識するためのリンカー開発や、それら複合体の非GMP環境での製造方法の構築が進められています。さらに、CHO-MK細胞を活用した製造実証が行われています。

核酸医薬品における製造基盤技術の課題と今後の方向性
核酸医薬品では、合成の過程で生じる不純物の除去が難しく、不純物の混入が最終製品の収率や安全性に大きく影響を与える点が問題視されています。また、不純物の混入許容基準が明確でないため、製薬企業の参入が難しくなっています。
これらの課題に対応するため、国内のアカデミアや企業が連携し、技術開発が進められています。まず、核酸医薬の立体構造を精密に制御できる製造方法が開発され、高純度な原料の生産も実現しました。これにより、より安全で高品質な核酸医薬品の製造が可能となりました。また、大量合成を可能にするための合成パラメータの最適化が進められました。
今後は、スケールアップ時に発生する不純物の種類や割合を詳細に分析し、データを蓄積することで、安全性評価の基準を明確化する取り組みが求められます。さらに、製薬企業が核酸医薬品の開発に参入しやすくなるよう、不純物の許容基準に関する指針(コンセプトペーパー)の策定が進められます。これらの技術開発が進めば、より多くの企業が核酸医薬品の開発に参入し、市場の拡大につながることが期待されます。
生菌製剤(マイクロバイオーム制御医薬品)における製造基盤技術の課題と今後の方向性
生菌製剤は、日本国内ではまだ開発が進んでおらず、海外でも確立された製造技術が存在しないのが現状です。特に、菌の培養方法、品質管理などのプロセス開発における基盤技術や安全性評価が未確立であり、多くの製薬企業が開発に踏み出せない状況にあります。
こうした課題に対応するため、「マイクロバイオーム(MB)創薬プラットフォーム」が構築され、有用菌の探索から評価、製剤化までの一連のプロセスをシームレスに連携させる技術開発が進められています。MB創薬プラットフォームでは、腸内の嫌気性菌を対象とした培養技術が開発され、生菌と死菌を迅速に判別する分析方法の開発も進んでいます。
また、医薬品としての承認を見据え、国立医薬品食品衛生研究所や医薬品医療機器総合機構と連携した体制を構築中です。
今後は、世界に先駆けて安定生産が可能な製造技術を開発し、日本発の生菌製剤が国際競争力を獲得することや、品質設計(QbD)を活用し、生菌製剤の管理法を確立することが重要となります。

日本のバイオ医薬品産業が目指す未来と課題解決への道

2回目となる今回は、日本政府によるバイオ医薬品への支援策や、拠点整備、創薬技術の発展について解説しました。国内では、次世代治療・診断技術の開発やワクチン生産体制の整備が進められており、CDMOの競争力向上や部素材の国産化も重要な課題となっています。
特に、デュアルユース補助金の活用により、平時のバイオ医薬品製造と有事のワクチン生産の両立が可能な体制の構築が進められています。また、国内の人材育成にも力を入れ、製造現場でのOJTや大学・研究機関との連携を通じて、1,000人規模の専門人材の確保を目指しています。
今後、日本がバイオ医薬品分野で国際競争力を高めるためには、技術革新の促進とともに、サプライチェーンの強化や企業間連携の深化が不可欠です。政府・企業・研究機関が一体となり、持続可能な生産システムを確立することで、日本発のバイオ医薬品が世界市場で競争力を持つことが期待されます。
3回目となる次回は、日本の再生医療・遺伝子治療分野における最新の取り組みについて詳しく解説します。
【出典・参考資料一覧】
- 【1】経済産業省「産業構造審議会 商務流通情報分科会 バイオ小委員会 報告書(バイオ政策のアクションプラン)」 ↩︎
- 【2】経済産業省「ワクチン開発・生産体制強化(ワクチン生産体制強化のためのバイオ医薬品製造拠点等整備事業)」 ↩︎
- 【3】国立研究開発法人日本医療研究開発機構「医療品プロジェクト 次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業」 ↩︎
- 【4】経済産業省「ワクチン開発・生産体制強化(ワクチン生産体制強化のためのバイオ医薬品製造拠点等整備事業)」 ↩︎
- 【5】経済産業省「産業構造審議会 商務流通情報分科会 バイオ小委員会 報告書(バイオ政策のアクションプラン)」 ↩︎
- 【6】経済産業省「令和4年度第2次補正予算「ワクチン生産体制強化のためのバイオ医薬品製造拠点等整備事業」の採択結果について」 ↩︎
- 【7】経済産業省「産業構造審議会 商務流通情報分科会 バイオ小委員会 報告書(バイオ政策のアクションプラン)」 ↩︎
- 【8】経済産業省「産業構造審議会 商務流通情報分科会 バイオ小委員会 報告書(バイオ政策のアクションプラン)」 ↩︎
- 【9】経済産業省「産業構造審議会 商務流通情報分科会 バイオ小委員会 報告書(バイオ政策のアクションプラン)」 ↩︎